東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3376号 判決 1968年2月17日
原告
金久保善蔵
ほか一名
被告
櫻井運送株式会社
主文
1 被告は原告ら各自に対し金二、三七二、五〇〇円および内金二、一七二、五〇〇円に対する昭和四一年八月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
4 この判決の第一項は、仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
原告ら―「被告は原告ら各自に対し金三、八七五、〇〇〇円および内金三、三七五、〇〇〇円に対する昭和四一年八月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言
被告―「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第二、原告らの請求原因
一、交通事故の発生と訴外金久保誠の死亡ならびに被告の地位
昭和四一年七月三一日午前一一時四〇分頃、東京都江戸川区江戸川三丁目一六番地先路上において、被告の被用者訴外丸山国男がその業務執行のため被告所有の大型貨物自動車(足一い七七三号以下被告車という。)を運転中、訟外亡金久保誠(当時四才一〇月以下誠という。)を被告車の右後輪で轢倒し、よつて同人に対し頭腔内損傷・頭蓋骨骨折の傷害を与え、ために同年八月四日午後四時二分同都墨田区江東橋四丁目四一番地所在の都立墨東病院において死亡するに至らせた。
二、損害
(1) 誠の得べかりし利益の喪失分残(原告ら各金三、〇二九、六九二円)誠は昭和三六年一〇月三日生まれの健康な男子で幼稚園に通園していたから、本件交通事故に遭遇しなければ、今後六五・六一年間生存し(厚省大臣官房統計調査部作成昭和三九年簡易生命表)、この間充分な教育をうけ、同人が二〇才に達する昭和五六年一〇月三〇日から死亡すると予測される昭和一〇一年一〇月三〇日までの四五年間企業規模三〇人以上の事業所に就労し得、かつ就労の意思があつたから月額平均金三九、三六〇円の収入を得(労働大臣官房統計調査部作成昭和四〇年度都道府県および産業別平均月間現金給与額表)、これから月間平均金一二、二二五円を生活費として支出する(平均四・二四人の世帯員を有する一世帯の平均月額支出金五一、八三二円を世帯員数で除した商、厚生大臣官房統計調査部作成全国平均月間消費支出表)ので、これを控除した残金二七、一三五円の月間純収益(年間金三二五、六二〇円)を得ることができたはずである。これをホフマン式計算法により現在一時に支払を求めうる価額に引き直せば、金七、五六四、三八五円になる。
原告らは誠の父母であつて、誠の死亡により同人の得べかりし利益の喪失分である右金額債権を各二分の一の割合で相続取得したが、他方いわゆる強制保険金合計一、五〇五、〇〇〇円を受領したので、これを差し引くと各金三、〇二九、六九二円になる。
(2) 原告らの慰藉料(各金一、五〇〇、〇〇〇円)
原告らは誠に対し、将来充分な教育をうけさせ、有為な人材にすべく嘱望していたところ、本件交通事故による受傷のため、同人は病床で原告らの名を呼ぶこともできないで、受傷後短日にして死亡し、原告らの望みもまた潰えるに至つた。誠の受傷と死亡によつて原告らの蒙つた精神的苦痛は甚大であつて、これを慰藉するには金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。
(3) 弁護士費用(原告ら各金五〇〇、〇〇〇円)
各自手数料金二五〇、〇〇〇円、謝金二五〇、〇〇〇円
よつて原告らはそれぞれ被告に対し、右(1)の内金一、八七五、〇〇〇円および(2)(3)の合計金三、八七五、〇〇〇円ならびに内金三、三七五、〇〇〇円に対する本件事故発生の後である昭和四一年八月五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、右に対する被告の答弁
一、請求原因第一項記載の事実は認める。
二、同第二項記載の事実中、原告ら主張のとおり強制保険金を受領したことは認めるが、その余の事実はすべて不知
第四、被告の抗弁
一、訟外丸山国男の無過失ならびに被告車の構造上の無欠陥および機能の障害の不存在
(1) 訴外丸山には本件事故発生について過失はない。同人は被告車を運転し今井方面から篠崎街道に向け時速約二〇キロメートルで進行していたが、本件事故現場附近の道路は幅員四メートル余であり、概北方でこれも幅員四メートル余の篠崎街道に通じるものの、その接合部に架けられた通称ひえい橋は、両道路に対しいずれも斜行する位置にあつたため、ひえい橋を経て篠崎街道に出、これを左折しようと考えていた同人は事故現場手前で車速を人が歩行する程度の極低速に減じたところ、橋の手前五、六メートルの道路右側の空地に二、三人の子供とその親らしい男とが被告車を避けている様子を認めたので、その前を通過したのち、まずハンドルを左に切り、次いで右に切つて橋上を渡り始めたところ、前記子供のうちの一人であつた誠が突然後方から走り出して被告車と接触したものである。
このように隘路を大型貨物自動車を運転し、ハンドルを左右に切り換えながら最徐行で進行していた同訴外人にとつて、右後方から走り来り、運転席から死角部分を通過して自車を追い抜こうとする幼児がいることを予期することおよびこのような場合に右幼児との接触事故を防止するのは不可能である。却つてこのような場合、誠の監護者である原告らは、誠に対し狭隘・複雑な道路を大型貨物自動車が通行する際には、道路端に退避すべく、また極低速で進行している場合にもその側方を走り抜けたりしないよう平常から指導するとともに、原告善蔵は橋の手前で被告車の通行を見ていたのであるから、直ちに誠を身辺に引き寄せるかまたは誠が走行して被告車に接近するのを制止すべきであるのにこれを怠り、漫然放任した結果、本件事故の発生をみたのであるから、本件事故は同原告の監護上の義務不履行に因るものといわなければならない。
(2) また当時被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。
二、過失相殺
仮りに訴外丸山に運転上の過失があつたとしても、原告らにも右(1)のとおり重大な過失があるので、損害賠償額の算定にあたつては、これを斟酌しなければならない。
第五、右抗弁に対する原告らの答弁
被告主張の抗弁事実をすべて否認する。当時誠は事故現場の道路に先行していたが、進来する被告車を道路右側で避けていたものである。
第六、証拠〔略〕
理由
第一、責任原因関係
原告ら主張の請求原因第一項の事実は当事者間に争がなく、この事実によれば被告は自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者として原告らの蒙つた本件事故に因る損害を賠償する責任があるといわなければならない。
そこで被告主張の抗弁について判断する。
〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。
(1) 本件事故現場は、東京都江戸川区江戸川三丁目一六番地附近にほぼ南北に架けられた石橋通称ひえい橋の東側欄干(コンクリート製高さ約二〇センチメートル、厚さ約一〇センチメートル)の南袂附近である。橋下には幅二・四メートルの用水堀が穿たれ、これに沿い北側には幅約四・八五メートルの通称篠崎街道が走つていたが、橋の東側から用水堀は南方に屈折していた。橋の南側は歩・車道の区別のない幅約四・五五メートルのアスフアルト舗装路(西側端には幅〇・二メートルの、東側端には幅〇・二五メートルの各側溝が設けてある。以下本件道路という。)に続く。本件道路の見とおしはよく、南方五〇メートルで交差点に達し、そこから東方へは今井から瑞江大橋に至り、西方へは東瑞江に至る。本件道路の東側には側溝を隔てて三角形の空地があり、事故当時頃は用水堀の泥をさらい、工事中であつて渡し板がかけられていた。本件道路の西側でひえい橋の南方数メートルの地点に電柱があつた。
概観すると、ひえい橋は本件道路の北端に位置し、これと篠崎街道を接合する状況にあり、両道路はゆるやかな鈍角をなすものの如くであるが、ひえい橋と本件道路の西側とは一八〇度を超える角度をなす一方、ひえい橋西側と篠崎街道南側とは鋭角をなしていたため、本件道路を北進してひえい橋を通過し、街道に出て左折(西進)する大型車両は、まずハンドルを左に切つてできるだけ本件道路の左側端(西側)に寄つたうえ、ハンドルを右に切つて橋を通過すべく、さらに左折のため、できるだけ道路右側(橋の東側)に車両を寄せ、次いでハンドルを大きく左に速に切らなければ通行困難な状況にある。またかようにして大型車両が橋を通過する際は、右後部車体が欄干にきわめて接近し、その間に人の入る余地は殆んどなくなる。
(2) 当日、訴外丸山が左側助手席に荷役人夫岩楯寅三を同乗させた被告車(車長八メートル余、車幅二・五メートル、最大積載量八トン、後輪はダブルタイヤ)を運転して、今井方面から本件道路を時速約二〇キロメートルで北進中、前記渡し板のやや手前にさしかかつた際、前方道路右側端を同方向に歩いている誠と、そのやや後方を歩いている誠の友達ゆきえの二児をみとめ、その距離は約七メートルに迫つていたため、時速約一〇キロメートルに減速して進行を続けたが、誠の挙動には著変なく、同人は被告車の進来に気づいていなかつた。まもなく自車前部がひえい橋にかかるので、訴外丸山はハンドルを左に切り始めたが、前記電柱に接触しないようにと専らこれに注視し、二児の動静については格別注意を払うことなく、次いでハンドルを右に切り、しばらく進んだ頃、後輪が何物かの上に乗つたような感じがしたが、木板ででもあろうかと思い進行を続けるうち、その頃ひえい橋の北袂の自宅前にいた渡辺誠一から「あ、やつた。」と大声でどなられたため停車したところ、受傷した誠を抱いている原告善蔵を見、はじめて本件事故の発生を知つた。一方原告善蔵は、当日二男の敦を背負い、誠、ゆきえと共に散歩中で、前記渡し板から本件道路に出た頃、側方を被告車が通過し、先頭の誠とは六、七メートルはなれていたので、「危い。」と叫んで危険を告げたが、その直後事故が発生した。
(3) 右事実によれば、このような場合訴外丸山は、減速するにとどまらず、直ちに警音器を吹鳴して自車の進来を二児に知らせるとともに、一旦停車し、二児を安全な場所に避譲させたうえ、同乗者の誘導を得て橋を通過すべく、少くとも二児の歩度以下に自車を減速し、二児の姿勢態度を始終注視しながら進行し、接触衝突等の危険の発生を未然に防止すべき義務があるのに、これを怠つたばかりか、バツクミラーにより二児の動静を注視することさえしなかつた訴外丸山の重大な過失により本件事故を発生させたものであつて、被告主張のように誠が被告車の後方から接触したとの事実を認めるにたりる証拠はないから、その免責の抗弁は、その余の判断を加えるまでもなく失当である。また原告らに監督上の過失があつたともいえないから、被告主張の過失相殺の抗弁も採用できない。
第二、損害関係
一、誠の得べかりし利益の喪失分残
〔証拠略〕を総合すると、誠が昭和三六年一〇月三〇日生まれの当時四才一〇月の健康な男子であり、その知能指数が普通級に属していたことが認められ、厚生大臣官房統計調査部発表の昭和四〇年度簡易生命表に、同年度における四才の男子の平均余命が六五・五年である旨の記載があることは当裁判所に顕著な事実であり、原告善蔵本人尋問の結果によれば、誠が生存していれば、少くとも高等学校を卒業し、二〇才頃からは就職稼働したものであることが認められる。以上の事実を総合すると、誠は本件事故にあわなければ、高等学校を卒業し、二〇才頃から概ね六〇才に達する四〇年間は、少くとも企業規模五人以上二九人以下の事業所に常用労働者として稼働し、収益を得ることが可能であつたものと推認される。他方労働大臣官房統計調査部発表の昭和四〇年度労働統計年報産業別常用労働者一人平均月間、現金給与表には、同年度における右企業規模の男子常用労働者の平均月間現金給与額は金三五、五〇〇円である旨の記載があることは当裁判所に顕著な事実である。ところで誠が右企業規模の事業所に就職稼働するものとして、就労初期には右平均額にみたない給与しか得られないが、年功に応じ次第に昇給し、後には右平均額を上廻わる給与を得ることができるものと推定されるから、通観すれば同人は前記稼働期間中、少くとも毎月金三五、五〇〇円(年額金四二六、〇〇〇円)の収入を得るものと推認される。そしてこのような収入を得るのに要する生活費については、通常低額収入の単身者の場合には、収入の大半を支出するが、昇給による収入の高額化と世帯構成に伴つてその割合を漸減する傾向にあること、とりわけ高額収入者の場合には、生活費の絶対値も高額になる半面、これを支出した残額(純収益)の絶対値もまた高額であることも明らかであるから、誠が前記のとおり四〇年の稼働年数を通じて年額金四二六、〇〇〇円の収入をあげるために要する生活費の収入に対する割合は、通じて概ね五割にあたる年額金二〇六、〇〇〇円とみるのが相当である。従つて誠の年間純収益は金二二〇、〇〇〇円になるから、以上の年金的純益の事故発生時における現価をホフマン式計算方法により、年毎に年五分の割合による中間利息を控除する(その算式は次のとおりである。220,000円×〔期数56年の利率5%の単利年金現価率-期数16年の利率5%の単利年金現価率〕)と、金三、二五〇、〇〇〇円(万円未満切捨)になり、これが誠の得べかりし利益の喪失による損害となる筋合である。(原告ら主張の算定基礎事実中、誠が企業規模三〇人以上の事業所に就職する蓋然性は必ずしも高度ではなく、またその生活費算出方法は、世帯員数によつて単純に除した商であつて、世帯構成の際には、誠が世帯主となり、他の世帯員に比して通常より高額の生活費を要するであろうとの推定に背馳するから、いずれも採用することができない。)
原告善蔵本人尋問の結果によれば、原告らは誠の父母であり、同人の死亡により右誠の損害賠償請求権を各二分の一あて相続により取得したことが明らかである。ところが原告らはいわゆる強制保険金一、五〇五、〇〇〇円の給付をうけたことは当事者間に争がなく、原告らがこれを右損害賠償請求権の一部に弁済充当したことは、その自陳するところであるから、これを控除すれば原告らが被告に対し本訴において賠償を請求しうる誠の得べかりし利益の喪失分残は、各金八七二、五〇〇円である。
二、原告らの慰藉料
〔証拠略〕を総合すると、原告らは協調性に富み活発で知能も普通級の長男誠を鐘愛し、その将来に寄せる期待も大きかつたところ、前認定のとおり訴外丸山の重大な過失により轢殺されたものであつて、両親として受けた精神的苦痛は甚大であると推認されるから、この慰藉料は各金一、三〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
三、弁護士費用
〔証拠略〕によれば、原告らは本訴の提起方を原告ら訴訟代理人弁護士両名に委任し、その手数料として合計金五〇〇、〇〇〇円成功報酬として合計金五〇〇、〇〇〇円を支払うことを約したことが認められる。この事実に本訴の難易、叙上認容額等を併考すると、原告らが右両弁護士に負担した右債務のうち、原告ら各自につき各金二〇〇、〇〇〇円の限度において、これを本件事故と相当因果関係にたつ損害として被告に負担させるのが相当である。
よつて被告は原告ら各自に対し、右一ないし三の合計金二、三七二、五〇〇円および三を除く内金二、一七二、五〇〇円に対する本件不法行為発生の日以後であること明らかな昭和四一年八月五日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることが明らかであるから、原告らの本訴請求は右限度において正当として認容し、その余は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 薦田茂正)